花房観音 -Hanabusa Kannon-

情交未遂

あなたの話を聞きたい、あなたのことを知りたい、誰も知らないあなたを、私の言葉で書き残したいーー言葉でまぐわいたいのです

第4回 AV監督・カンパニー松尾

君がいるトーキョーなら素敵だ

2015年1月13日   インタビュー:花房観音   写真:木野内哲也   場所:HMJM、劇場版テレクラキャノンボール2013に登場するマンションの屋上にて

京都は雨です。容赦ないほどの冷たい雨が降っています。

 

東京の空はどんな色ですか。

いつまでたっても底冷えと呼ばれる京都の寒さには慣れません。冬の寒さが年々応えるようになったのは年齢のせいでしょうか。

この数年間はすさまじい勢いで流れていき、気がつけば40の坂をたやすく超えてしまいました。あなたと知り合った頃の私はまだ30代で、独身で、小説家でもなく、田舎の工場で一日中携帯電話の部品と睨めっこしている若くも美しくもない学歴もキャリアもない未来のない女でした。ブログに文章をつづっていたけれど誰も私のことなんか知らなかったし、ましてや数年後にこうして小説を書き本を出すなんてことは想像もつきませんでした。そもそも小説すら書いていませんでしたよね。

 

そんな私にあなたはあの頃から「君は小説家になれる。僕は信じている」と言い続けてくれました。私はそのあなたの言葉がクソみたいな最低の人生を送ってきた自分にとっての唯一の希望でした。あなたは当時、私が本来なら知り合うはずもない、遠い、煌びやかな世界の人で、周りにも崇められ交友も華やかで美しい人たちに囲まれ、明らかに「世界の違う人」でした。そんなあなたに「小説家になれる」と言われて私は私なりに必死で少しでもあなたに近づこうと頑張っていました。

そうして私は様々な出来事がありましたが田舎を出て京都に戻りました。あなたの「実家を出て京都に戻ったら、僕に会いに東京においで」という言葉のとおり、私は京都に戻った夏に十数年ぶりに東京に行きました。旅行会社にいたときに仕事で一度足を踏み入れたことはあるのですが、プライベートで東京に行くのなんて20代前半以来でした。あなたもご存じで、私もよく書くように私は男のために金を貢ぎ借金をこさえて20代は返済に追われ最低の生活を送り、30代はそのツケを払うために田舎でひたすら働いて旅行なんて行ける状態じゃありませんでしたから。

 

東京は夢の街でした。私の憧れる人たちがいて、私の好きなものが溢れ、キラキラと輝いている街で、自分のしでかしたことのツケで雁字搦めになっていた私にとっては現実に存在しないであろう街でした。

今でもそれは感じます。仕事等で上京する機会は増えましたが、ここは私にとってはやはり現実ではなくて夢なのだと思っています。それは今の私の状況――小説家として本を出して、あの頃から考えるとありえない人たちと会う機会も増えた――が未だに現実味を持つことができないからなのです。私はずっと、あの田舎の工場で毎日朝から晩まで携帯電話の部品の不良品探しをしていた冴えない女のままなのです。

 

あなたに言われるがままに東京に来て、ふたりで会って、夜に東京タワーの近くまで行きました。東京の人に、東京タワーに行きたいというと大抵笑われますが、私からしたら、やはり東京タワーはあの煌びやかな夢の街の象徴です。

そして、あの作品の影響もありました。「パラダイスオブトーキョー」――私が東京に出る前の年に、AV監督たちが女優をオーディションして選んで作品を撮り順位を決めるというコンテストの際に、カンパニー松尾さんが撮った作品でした。東京タワーの近くの会場でひとりの女優さんを選び、そのままふたりで東京タワーの見えるホテルに行きセックスをする、そんな内容でした。

その日にあってセックスするAV監督とAV女優――けれどそれを超えてほのかな恋愛感情が芽生え、彼女は「本当に好きになっちゃうからダメです」と泣きながら部屋を出ていこうとします。「簡単に人を好きになっちゃう」とセックスのあとで泣く彼女に、松尾さんは「何も知らないくせに」と言うと、「こわいから聞かない。知るのがこわい」と答え、立ち去る彼女。そんな彼女に対して「僕には家庭がある。もし僕が『独りだったらハナサナイ』と心の中でつぶやいた」そんなテロップが入ります。

当時、「泣ける」「切ない」と話題になった作品でした。ただセックスするだけではなく、そこから生まれてしまったどうしようもない感情が描かれていたから共感する人も多かったのでしょう。

正直言うと、私は少し冷めた目であの作品を観ていました。映像も音楽も完璧で隙が無く、カンパニー松尾という人の最高の技術が注ぎ込まれています。けれどそこに、セックスのいやらしさや恋愛じみた感情の切なさよりも「不倫する男」の言い訳や陶酔や狡さを見てしまいあの作品を絶賛する人たちのように酔うことができませんでした。

それはおそらく、家庭がありながら複数の女性たちと関係して、セックスだけではなくて女の心まで欲しがり愛さないくせに愛されようとして女を苦しめる、タチの悪い、ろくでなしで最低男のあなたの存在があったからでしょう。

あなたと知り合った頃に、あなたに告白された女性関係の懺悔を聞いて私が口にしたのは「よくあなた今まで刺されなかったね」という言葉でした。同時に、「この人は地獄に堕ちる」と思って、ゾっとしました。私は呆れて脅えて――そのくせ「この人をこのまま地獄に落としてはいけない。私が助けなければ」という衝動にかられました。

今こうして思い出しても陳腐で愚かな始まり方でした。あなたは自分が女の弱みにつけ込むのが上手く、そのくせ女を愛さないから傷つけ恨まれてしまうのを自覚して罪悪感を感じて苦しみながらもそれを繰り返していました。私もそれを知っていながらも、その時点では会ったこともなかったのに「私がこの人を地獄から抜け出させなければいけない」と思ってしまったのです。つきあっていた人とも別れて、私は、東京に行きました。

ふたりで「パラダイスオブトーキョーだ」と言いながら、東京タワーの足元に行き、草の上に寝転んで話をしました。

あれから様々な出来事があり、私たちの関係も終わり、憎悪を滾らせるような揉め事もあり、私は小説家になり結婚もして何冊か本も出せるようになりました。あなたと会うことはありませんが、元気そうにお仕事を頑張っておられる様子はもちろん知っています。

ありがたいことに、昔、あんなに遠くて手の届かない街だったはずの東京には仕事でよく足を運びますし、東京の知り合いも増えました。

けれど私にとっては未だに東京はあの頃のまま、現実感のない夢の街です。自分がここに住むことはおそらく一生ないでしょう。あなたのことを好きだったあの頃ですら、あなたの近くにいたいから東京に住もうとか、考えたことはなかった。ものすごく好きだったはずなのに。

あなたは東京の人です。東京に生まれて東京で育ち、ほとんどそこから出たことのない人です。だから東京は未だに私にとっては、あなたという人そのものなのです。東京に行くと、街でばったり会ってしまったらどうしようといつも脅えています。時間が逆戻りして、夢が冷めるのが怖いのです。あなたが「なれる」と言い続けてくれて、小説家になったけれど、それも全て夢や憧れの妄想に過ぎなくて、目覚めると私は数年前の田舎でくすぶっている何も持たない私という現実に戻ってしまいそうで。

 

誰にもそうは見られないだろうけど、私は未だに東京が怖いです。

自分を受け入れてくれない、自分なんかが足を踏み入れちゃいけない街だと思っているから、ひとりで食事をすることすらできません。40を過ぎたいい大人のくせに私はまだ東京をひとりで歩くと心細くて心臓の鼓動が早まります。お前なんかの来るところじゃない、田舎に帰れと言われているような気になります。用事が終わればいつもまっすぐ宿に戻るし、昼間に時間があいたらネットカフェに籠ります。ひとりでうろうろできません。

結局私はあの頃の、田舎にいた私のままなのです。自分を責めて赦せなくて罪悪感を背負いながら早くここを出たい出たいと願っている私のままです。現実にはそこからとっくに逃れているはずなのに、私は私を赦せないから動けないのです。だから東京に行く度に、「お前なんかの来る街じゃない」と言われているような気がします。

そのくせ足を運ばずにはいられないのは、負けるもんかと思っているからでしょう。街で偶然、あなたとばったり顔を合わせたときに、引け目を感じておどおどする私ではなくて、「小説家になりました」と胸を張って笑顔であなたに感謝を伝えられる日が来るようにと。それができたら、私はもう東京がこわくなくなると思うのですが、できないままなのです。

 

 

 

カンパニー松尾さんにインタビューしたいと思ったときに、最初に思い出したのが「パラダイスオブトーキョー」でした。あなたと一緒に行った東京タワーが象徴的に登場するAVです。私は本当に、久しぶりにそのAVを観ました。観る前は、すごく怖かった。感情を堰き止める堤防が決壊して泣くんじゃないかと心配していたから。あの作品を観ることは、あなたとの記憶を引っ張り出すことでもあります。

松尾さんの作品には強烈な力があります。人の感情を揺さぶらせる力が。たかがAVに留まらない、人の人生を変えるぐらいの力があります。

私が最初に観た松尾さんの作品は「熟れたボイン」でした。宮崎レイコさんという女性とAVを通じてであった松尾さんの彼女への想い、好きだけど、好きと言われても前にすすめないもどかしさ、観てるこっちが恥ずかしくなるくらいの青臭さが詰まっていて、音楽と映像と合わせてとても切ない美しい作品です。

私はその前に、平野勝之さんの「由美香」という、奥さんのいるAV監督の平野さんが愛人であるAV女優の林由美香さんと北海道を自転車で旅する、もともとAVとして撮られたけれど劇場公開された作品を観て感動して衝撃を受けていました。当時は映画館で働いていた関係でそこそこの数の映画を観ていたつもりだったのですが、「由美香」のような作品ははじめてでした。

個人的な、しかも知らない人の恋愛の記録です。平野さんに言わせると「由美香を喜ばせるためだけに、由美香のためだけに作った」作品です。いわば、ラブレターです。これだけ君が好きだよという想いを「作品」にする――それがまず衝撃でしたし、またそれがエンターティメントとして成立して、観る人間の心をこんなにも揺さぶるのは生まれて初めての映像体験でした。

そのあとで松尾さんの「熟れたボイン」を観て、全く同じことを思いました。

この人たちは何やってんだろう? 恋愛感情というごくごく個人的な想いをあからさまにして作品にして世に出して……驚きながら私はすさまじい羨望を覚えました。

それまで映画を観て小説を読んで感動したことは何度もあります。けれど「創り手」に羨望したのはそれが最初でした。羨ましくてたまらなくて、いつか自分もあの人たちみたいになりたいと思いました。その頃は小説家になりたいなんて目標は無かったにも関わらず、ただあの人たちのような作品を創りたいと、その想いに囚われました。

そのまま今にいたります。私が小説を書くのは、つまりはそういうことです。彼らの存在があるのです。

あの人たちのような、ラブレターを書きたい。それが動機です。恋愛小説ではなくて、官能であってもミステリーであってもホラーであっても怪談であっても、誰か特定の人に向けて想いを伝えたい――そう思って書き続けています。

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松尾さんに話を聴きに行きました。あなたと会うために東京に来たあの日から8年経ちました。20代の頃に存在を知り羨望し、ずっと追い続けてきた人に、こうして改めてじっくり話を聞ける機会ができたのは「劇場版テレクラキャンボール2013」のヒットのおかげです。

松尾さんと会うのは何度目でしょうか。小説家になる前に、東京でライターの東良美季さんの御好意で初めて顔を合わせ、そのあとは大阪に松尾さんが上映イベントで来られた際や、あと平野勝之さんの「監督失格」が公開された頃にはイベントや、由美香さんのお墓参りなのでお会いしました。由美香さんのお母さんが亡くなった際の告別式も、ですね。

その後、「劇場版テレクラキャノンボール2013」のヒットによりトークイベント等でお話する機会もできました。

自分が小説を4年書いていて痛感するのは、続けていくことの難しさです。ヒットを出すことよりも、長年続けていくことがどんなに大変か……だからそれをしている人を尊敬しています。

松尾さんのすごさは、そこでもあります。ずっとアダルトビデオの世界でほとんど休むことなく撮り続けていて一線にい続ける。肩書きだけではなくて、ずっとまぎれもなく本物の「AV監督」です。そして常に「カンパニー松尾」のまま年齢と共に変化し続けて「セックス」を追っている。ものすごい体力と精神力です。才能があっても精神的なタフさがないと創りつづけることなんてできません。

自分が20代の時に羨望して、それから追い続けている人が、今でも私の前を走り続けていることは、何よりも嬉しく励みなのです。

だから、「AV監督」であり続ける松尾さんに話を聞きにいきました。

今もあなたが住んでいる街、東京へ。

 

 

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