花房観音 -Hanabusa Kannon-

情交未遂

あなたの話を聞きたい、あなたのことを知りたい、誰も知らないあなたを、私の言葉で書き残したいーー言葉でまぐわいたいのです

映画監督・平野勝之

監督失格、その後――

2016年3月28日   インタビュー:花房観音   写真:花房観音   場所:渋谷某所にて

 

 私と平野勝之との関わりにもふれておく。

 二十代半ば、「自転車不倫野宿ツアー」(太田出版)という本を偶然手にとった。著者である平野勝之も、林由美香という名前も知らなかった。ただAV監督とAV女優の不倫旅行の日記というのは面白そうだなと思った。私は誰にも言ったことがなかったが、数年前に代々木忠というドキュメンタリーAV監督の作品を見て衝撃を受けてAVに興味を持っていた。

 ぱらぱらと本を開いて、驚いたのはその本のあとがきを平野勝之の妻が書いていたことだ。夫と不倫相手の旅行の記録のあとがきを、妻がこんなに冷静に書くなんて、どういうこと? と興味が沸き、レジに持っていった。

 読みはじめるとものすごく面白かった。恋人同士のはずなのに、心はばらばらで、セックスして、旅をして撮影をして……旅の終わりには大きな課題がふたりを待ち受けている。

その頃、私は映画館に勤めていた関係で映画をよく観ていたので、レンタルショップに足を運ぶ機会も多かった。アダルトではない、一般映画のコーナーで「由美香」というビデオを発見した。監督は平野勝之――これこそが、あの「自転車不倫野宿ツアー」の映画だ! と喜んで借りた。

「由美香」を観て、泣いた。AV監督とAV女優が自転車で北海道を走り、美味いものを食べて、時には喧嘩して、セックスして――泣くような映画じゃないはずなのに、涙が出てとまらなかった。未だにそうだ。「由美香」は何十回も観ているけど、胸が熱くなり涙がこぼれてしまう。

 そして林由美香は、とても魅力的な女性だった。自分とひとつしか年齢は違わないのに、地に足をつけて生きていて、愛らしく、カメラの前で全てを曝け出す彼女の姿は一度で忘れられなくなった。

 当時はインターネットもない時代で、しかも私は女で、AVに関する情報を得るのも難しかったが、その後に本屋で「アダルトビデオジェネレーション」という本を手にとり、その中に平野勝之のインタビューを見つけて狂喜した。平野勝之だけではない。ある男性にもらったダビングされたビデオテープの中にあった「熟れたボイン」という、これもドキュメンタリーAVを撮ったカンパニー松尾という人も載っていた。著者は東良美季。私はその本を購入し、読み漁った。東良美季の文章を読むためにアダルトビデオ情報誌を毎月購入するようになった。

 私は30歳を過ぎてから男に貢いだ借金が原因で京都を離れ地元に戻った。仕事のために初めてパソコンにふれ、自分でも中古のパソコンを購入してインターネットを手にいれた。東良美季という人が、ブログをはじめたのはビデオ情報誌で知っていた。そして思い切って、メールをしてみたら返事が来た。メールの内容は、私が平野勝之、カンパニー松尾の作品がきっかけで彼の文章のファンになった、それがきっかけで東良さんの文章を読み続けているという話だ。

 つながるはずのない東京の文章家から返事が来て私は驚いた。彼も「地方の工場で働く派遣社員の女」がアダルトビデオ情報誌の自分の文章を読み、感想メールをよこしたことに驚いたらしい。当時は今ほど女性が堂々とAVを観ると公言している人もいなかったし、ましてやAV情報誌の文章なんて読んでいる人がいるのかと思ったとのことだった。

 メールのやりとりをしはじめたのが2005年の2月だ。そしてその年の6月の末に「悲しいお知らせがあります」という書きだしで、林由美香の死を告げられた。

 

 その翌年の夏に私は故郷を離れ京都に戻り今も世話になっている会社で働きはじめた。東良さんが紹介してくれたおかげで私のブログが知らない人たちにも読まれるようになった。いや、そもそも文章を書き始めたのは東良さんがきっかけだった。私は実家に戻るきっかけとなった22歳上の初めての男に「君には文章を書く力がないよ」と笑われてから十年以上、文章が書けなくなっていた。東良さんと知り合った当初、私がmixiに書いた日記を「おもしろい」と褒められたから、毎日長文を書き連ねるようになった。

 ブログでAVのことも書いていたので目に留まり、AV情報誌で少し文章を書かせてもらえるようになった。文章を書いてお金をもらえるのが嬉しくて、それならば小説家になりたいと思うようになった。それから様々な出会いもあり、2010年に私は団鬼六賞大賞を受賞し、小説家となり今にいたる。

 平野勝之と最初に会ったのは小説家になっていない頃だから、6、7年ほど前だろうか。東京に行ったときに予告もなく東良さんが平野さんやカンパニー松尾さんを呼んでくれて、私が緊張と驚きでかなり挙動不審だった。

 その次に会ったのは、2011年だ。京都で平野作品の上映会が開かれ、平野さん自身も来ると知り、出かけていった。

 久々の新作が完成したからと、東京での試写会に招待された。

 それが、「監督失格」だった。

 

 あれから五年近く経とうとしている。

 平野勝之は「監督失格」以降、劇場公開作品を発表していない。

 彼は今、どうしているのだろうか。

 

 

 2015年10月、東京都渋谷区のある駅で、待ち合わせた。

 

「なんせ10年ぶりだからなぁ……どこだったっけ」

 

 平野勝之と私は道路沿いの道をきょろきょろと建物を探しながら歩いた。しばらくして、あるマンションで平野が足を止めた。

 

「ここだ――」

 

 10年前、林由美香が亡くなったマンションだった。

 改装したのか部屋番号も扉も変わっていて、誰かが住んでいる様子だった。

 入口もエレベーターの様子も、「監督失格」で見たよりも小さいという印象を受けた。こじんまりした、ごくごく普通のマンションだ。

 林由美香はここで、6月26日、自身の35歳の誕生日に亡くなった。

 

 

 

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 そのマンションの近くの喫茶店に入り、平野勝之に話を聞いた。

 今、現在「監督失格」その後の平野勝之のことを――。

 

 

――渋谷アップリンクでやってる月刊平野(毎回ゲストを招いて平野作品を上映してトークするイベント)、あれもう二十回以上やってますよね。月イチ?

 

「月イチです」

 

――お客さん、どれぐらい入ってますか。

 

「去年から結構勢いすごくてほぼ毎回満席」

 

――やっぱりテレキャノ(カンパニー松尾監督の「劇場版テレクラキャノンボール2013」)から流れてきた人もいる?

 

「それもあるだろうね」

 

――ドキュメンタリー好きの人とか、女性も結構増えたでしょうね。

 

「女性は結構多いです」

 

――twitter見ても反響よく見かける。

 

「一昨年は、俺ごときではそんなに入らないだろうと、一番小さい三十人ぐらいのスペースでやってたんだけど、その秋口ぐらいかな。入りきれなくなったので、去年から一番大きいところでやってる」

 

――東京以外でもやりたいって言ってましたよね。

 

「そう、やりたいのはやまやまだけど、どうかな」

 

――地方になると集客が東京ほどはできないかもしれないけれど。

 

「見てもらえばね、自信はあるんだけど。一度でも見てしまえば……まあ『水戸拷悶』みたいなのは別ですけどね。あれはちょっとあんまりおススメできない」

 

――私は大好きですよ、水戸拷悶。爽快感がある。ただめちゃくちゃやってるだけじゃなくて、ユーモアもあるし、エンターティメントになってる。傑作だと思う。ただ誰にでもおススメはできないですね。

 

「あれはちょっとね。ただ激辛ラーメンとかそういうのに近いんで、ハマる人はハマるだろうね」

 

――確かにね。だから私も以前、大阪で平野さんの上映会を開いたとき選んだのは「わくわく不倫講座」だった。あれなら皆に観てもらいたいとすすめられるかな、と。

 

「あれでもびっくりしちゃう人多いよ」

 

――まあ、びっくりするでしょうね。今、いろいろドキュメンタリーが作られてるけど、あんな作品は後にも先にも平野さんしか作られないし、とんでもないもん。

 

 

「わくわく不倫講座 正しい不倫のススメ」の主役は「志方まみ」というAV女優だ。前作で、実家の親に女性を連れて帰り、婚約者だとみせかけて「実はセックスフレンドなんです」と紹介する「アンチセックスフレンド募集ビデオ」という作品に、ニセ婚約者として出演したのが志方まみだった。この作品がきっかけで、平野は本物の恋人との結婚が決まる。しかし同時に、志方まみとも恋愛関係に陥っていた。つまりは結婚生活と不倫が同時に始まるのである。前半は平野と志方のラブラブな関係が描かれるが、次第に志方が平野にうんざりして離れて、ついには音信不通になる。そこで平野は志方を知る人間たちに彼女について聞き出そうとするが、そこで今まで知らなかった彼女の姿が露わになる。そして後半は、志方まみ不在のまま、志方まみの未来が描かれる。

 この作品を平野勝之の最高傑作だと評価する声も多い。ユーモアに満ちていて、抒情的でもあり、エンターティメントとして素晴らしい出来だ。

 

 おもしろい作品とは、何だろうといつも考える。

 共感を呼ぶ、泣ける、感動する――そんな言葉が映画でも本でも煽りに使われる度に、私はうんざりする。

 本当におもしろい作品とは、人々が根拠なしに信じている世の中の常識をひっくり返すものであり、それまで当たり前にあった価値観をぶち壊す破壊力のあるものだ。

 だからこそ、おもしろい作品は、人を壊し、人生を変える。

 それぐらい危険な毒だ。

 

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