花房観音 -Hanabusa Kannon-

情交未遂

あなたの話を聞きたい、あなたのことを知りたい、誰も知らないあなたを、私の言葉で書き残したいーー言葉でまぐわいたいのです

映画監督・平野勝之

監督失格、その後――

2016年3月28日   インタビュー:花房観音   写真:花房観音   場所:渋谷某所にて

 

――あれはもう二十年前ですか。

 

「二十年前ですね」

 

――わくわく不倫は「平野ハニー」という名で登場する平野さんの実際の奥様との結婚パーティから始まります。1997年の「由美香」にも平野ハニーは登場しますが、愛人である林由美香さんと平野さんの自転車旅行を笑顔で見送る場面が印象的でした。その後、2011年の監督失格で由美香さんの死が描かれるのですが……。

「監督失格」が公開された当時、平野さんと由美香さんは不倫なのに、そこにふれられていないという批判もありました。私個人的には、それは別の話だろうと思うんですが、気になる人は気になるみたいですね。ただ、「監督失格」で由美香さんが亡くなった時は、平野さんは独身だったわけです。由美香さんともずっと前に別れて友人関係だったし。

 

「あの頃は独身で、長い間つきあっている彼女はいました。ただ結婚はしてないけど、子どももいてね」

 

――時系列を整理すると、その人と知り合って子どもができて、平野ハニーと離婚したんですよね。

 

「そうです。ただハニーとの関係は今でもそんなに変わってないです。仲良くしてる」

 

――離婚するきっかけになった女性とも今は別れたけど……。

 

「その人とも仲良くはしてます。ハニーのほうは女の子で、その女性との間には男の子がいます」

 

――平野さんて、由美香さんともそうだったし、監督失格公開時に仲良くなったAちゃんとも、別れたあと穏便な関係ですよね。

 

「まあ基本的には恋愛はもちろんいろいろあります。けど、わりとそうだね。連絡絶ってる娘もいるけど」

 

――Aちゃんのあと、自転車がきっかけで仲良くなったBちゃんもいて、彼女とは一緒にツーリングして雑誌「自転車人」などにも彼女との旅を連載してて……。Bちゃんも最初は結婚するっていう相手がいるのに、平野さんとふたりで北海道に行ったり、いろいろありましたね。そして今は、えらい若い恋人がいるんでしょ。

 

「そう、自慢の若い彼女。二十代の。年下マジック(笑)」

 

――そういうこと言うと、反発したくなるんですよ。若い若いって、最初、カチンと来たもん。若い女とつきあって喜んでるんじゃねーよ、ババアで悪かったなって。若い彼女自慢する度にムカつく。

 

「あっ、本当に? 怖い怖い(笑)。こうゆう事言うと、本人にもムチャクチャ怒られる」

 

――まあ、その話は置いといて……平野さんの恋愛遍歴を見ると、ハニーにしても、長くつきあっていた子どものいる女性にしても、経済的に自立してますよね。

 

「でないと俺みたいなのとつきあえないよ」

 

――そうなんですよ。だからやっぱり、好きな男とつきあい続けるためには、女にも経済力が必要だと平野さん見て痛感してる。

 

「経済力だけじゃなくて、色々な意味でやっぱり自立した人でないと、多分俺とはつきあえないと思う」

 

――そのほうが選択肢が広がるんですよ。私、この前、男の友人に「昔は男に貢いで大失敗したけど、今なら男養える。昔の失敗は私に経済力が無かったせいだ」って言ったら、「そういう考え方よくないですよ」って言われたけど、自分が経済的にも精神的にも自立せずにダメ男に惚れると、本当にロクなことにならない。

 

「結局、許されればどんな状態でもいいと思うんだけど、やっぱり依存になってくると、何かといろいろ面倒なことになる場合が多い」

 

――恋愛じゃなくなっちゃう。

 

「まあそうかもしれないね」

 

――純粋な恋愛だったはずが、経済と精神の両方の依存が過分になると、好き嫌いじゃなくなってしまう。だから平野さんが自由でいられたのは、そういうしっかりした女性たちと恋愛していたからかなと。

 

「ただ今の若い彼女は、そこまでではないし、本当は多分依存したいタイプなんじゃないかなって気はするんだけど、それができないから、そのへんでおそらくたまに喧嘩になるのかもしれないね、無意識的に。くっついたり別れたりを繰り返してるし」

 

――しかし、なんだかんだいって絶えず女がいますよね。

 

「モテるんですよ」

 

――あ、またカチンときた。

 

「ヤな奴ですよね、俺」

 

――自分がモテないもんでね、カチンと来るんですよ。まあ、モテますよね。それは認めます。何でモテるんだと思いますか。

 

「わかんないです。いや、もちろん、実を言うと自分じゃそんなモテると思ってないけど、インタビューだからわざと言ったの。何なんでしょうね」

 

――普通じゃないからじゃないですか。見てて面白いし、刺激があるでしょう。

 

「僕はとても健全に普通の生き方をしてると思ってますよ」

 

――普通じゃないでしょう。普通が悪いとかいいとか、そういう意味ではなく。平野さんの才能に惚れる人もいるだろうし、生き方がちょっと破天荒なところに惹かれる人もいるでしょうね。私もそうなんですけど、男に安定より面白さを求める女というのが世の中にはたくさんいて、そういう女は痛い目に合いがちです。でもそれも含めて刺激もあるし、面白い。個人的な好みでいうと、私の思う男の魅力は財力や権力や外見よりも、才能なんです。何か人より秀でた才能がある人は尊敬するし、話をしてて楽しい。だから平野さんがモテるのもわかりますよ。でもつきあうと大変だなと思う。

 

「でもさ、ハニーにしても長くつきあってた彼女にしても、周りのいろんな人に『大変でしょう』って言われたみたいなんだけど、本人たちはケロっとしてるんですよ。何が大変なんかわからないって。俺でさえ、『大変だね』って言うんだけど。特に子どもできてからは全然そういうのなくて、すごいなって思う」

 

――平野さんに何かも求めてないというか。

 

「やっぱり自立かな。もちろん愛情はあるんだけど、依存はしない」

 

――「由美香」にしても、「監督失格」にしても、由美香さんが平野さんのかつての恋人だから、あれを恋愛映画と捉える人もいますよね。

 

「それはしょうがないよね。ああいう作りしてるから。自分ではそうじゃないって思ってるけど」

 

――だから映画って本当に鏡みたい。見る人によって、その人の一番痛いところを突かれる。「監督失格」は、私は最初はやはり恋愛映画として見てたんです。かつての恋人を失った平野さんの痛みと悲しみが、自分の恋愛の記憶とリンクして、痛くてしょうがなかった。でも、最後に劇場で観たときは、由美香さんとお母さんの関係で、自分の両親のことを考えてしまった。多分それはね、その時は、由美香ママが亡くなった後だったからというのも大きい。由美香ママ(小栗冨美代さん)亡くなったあと、私、しばらく「監督失格」見られなかったもん、辛くて。

「監督失格」の由美香ママは、娘を亡くしたあと、もう目が……生気を無くしてて……そしてこのタイミングで亡くなったのは、まるで「監督失格」の完成と上映を見届けたかのように思ったんです。だからこそ、見るのが苦しかった。

 

 

 林由美香と、母親の関係は「監督失格」のHPに掲載されている、由美香さんの弟・小栗栄行さん(現・野方ホープ社長)の文章に詳しい。由美香さんと栄行さんは父親が違う。母は男との別れ繰り返しながら必死に働いて生きてきた。けれど様々な事情により、由美香さんは親元を離れ、若い頃から水商売や身体を売ることで自活して生きて、アダルトビデオの世界にたどり着く。「母に捨てられた」と思っていた彼女と、子どもを愛しながらも厳しく不器用な母親との関係は、まるでヤマアラシのジレンマだ。近づいて抱き合おうとすると自らの身体の棘が相手を傷つける。それでも時間をかけて母と娘は寄り添って生きていこうとしていた矢先に、由美香さんは亡くなった。

 くしくもその場面に言わせてしまったのが、かつての恋人だった平野勝之だった。

 

       DSCF0035

 

「やっぱり母親と娘って独特の繋がりがあるんだよ。男性から見ると理解不能なほど近いってすごく感じる。俺が見ている限りですけどね」

 

――特にあの親子は複雑で……それでもやっぱり仲良くしようと手を伸ばして、傷つけあって、それでも近づこうとする関係で……。でも私も、あそこまでじゃないけど、親とは近づくと傷つけ合うから、距離をとってる。でも、そういうもんだと思うんですよね。手放しで仲良くなんかなれない。血がつながってるからこそ、煩わしいものがあるのが当たり前だから、距離が必要だと。

 

「みんなそうだと思うよ。母と娘って、やっぱり、何もなさそうに見えても、何かしらの繋がりが、強いものがあるよね。逆に母と息子の場合、息子は母から逃げ切れたら勝ちになる」

 

――今、毒親って言葉があって、母と子の依存、母の呪縛から抜けようとしている娘の本がやたら出てるけど、由美香さんのお母さんて、そういう子供に依存した過干渉とは違うけど、ある意味、ダメな母親じゃないですか。本人がというより、ダメな男とつきあって別れ、そのしわ寄せが子どもに来てる。

 

「母親としてはそういう部分はありますね」

 

――子どもを傷つけてる部分はあっただろうし、でも、それでもお互い歩み寄ろうとしてね。「由美香」の中で、北海道から由美香さんがママに泣きながら電話する場面、あそこは本当に良かった。DVDの特典映像ではノーカットで入っていますけど。旅で疲れ切った由美香さんが「ママの声が聞きたかった。励ましてもらいたかった」っていう場面ね。「監督失格」の最初のタイトルは「由美香ママ」だったんですよね。

 

「そうです。あれはやはり、ママありきだから」

 

――親子の映画だから?

 

「親子って言うかね。これは俺が見た限りの話なんだけど、ママはやっぱり独特の生き方をしていて、それの要するに多分、何かひずみって言っちゃあ変ですけど、そういう影響は子どもたちに出てる気がするんですよ。で、多分、由美香ママは自分のせいだって思ってた気がする。強く思ってて、でもそれを引き受けざるを得ないから、その罪を償うとまでは言い過ぎかもしれないけど、死ぬまで気にしてた気がする」

 

――私も、あの由美香さんが亡くなったあとのママの目は、絶望というか罪悪感を感じました。彼女が結婚して子どもを作り幸せな家庭を築きたいと願いながらも、男の人と長続きしなかった、彼女がいつも男性を許せなくなるのは、ママの影響もあるんじゃないかと勝手な推測をしました。やはり、つきあう男のほとんどと三ヶ月以上続かないというのは、よっぽど何かあるんですよ。私は由美香さんと年齢がひとつしか違わないです。だから、すごく彼女の男性とのつきあいの上手くいかなさとかが気になるし、痛々しい。そして「監督失格」見ても、由美香さんの父親の影が一切ない。

 

「俺も実はそこは一番引っ掛かるんですよ。由美香の父親をママが許していたら、また由美香の恋愛は違ったのかもしれない。たとえば由美香が生きて誰かと結婚したとしても、いわゆる彼女が望んだ『幸せな家庭』は手に入れられたのかどうかという疑問はあるね。一般的な意味でのね」

 

――そうなんですよね。たとえば平野さんとハニーの関係なんて、常識的に考えると「一般的な幸せな家庭」とは言えない。平野さんは他の女性と旅行行ったりセックスしてたり、それだけでも「無理!」っていう女性は多いでしょう。私も嫌ですもん。でもハニーは、画面や文章で見てる限りは全然不幸でもないし被害者でもないし幸せに見える。浮気されても、ハニーは全然可哀想な感じはしない。

 私、結婚した時に、いろんな人に「女の幸せを手にいれたね」って言われて、驚きもしたしすごく違和感があったんです。みんなそんなに「女の幸せ=結婚」て思ってんの? って。結婚はもちろんしたくてしたんだけど、この年になると、周りを見ても「結婚=幸せ」ではないことはわかるし、別れたほうが幸せになれるよと言いたくなる人も周りにいるから。

 

「由美香が亡くなる前の段階で、もう別に結婚とか男とかよりも、とにかく子ども作っちまえばって言ったことある。ママがそうだったように、子どもさえいればそれなりに幸せになったかもしれない」

 

――そう思います。彼女に足りないものは、結婚じゃないと思う。彼女の欲しい家族って男じゃなくて肉親の繋がり、子どもだったんじゃないかなって。男とのつながりなんて、本当に曖昧なものだし、人の気持ちなんて簡単に変わるから、依存したら不幸になるだけ。

 

「そりゃみんな揃って幸せなのが一番いいんだろうけどさ、引き算していくと多分重要なのはそこだって気がしますね。ママは男を許せなかったけれど、それでも子どもがいて幸せだったんだろうから、幸せになることは可能なんですよ」

 

――私もずっと男が許せない時期が永くて……でも男が必要っていうか、男の傷を男で癒そうとしてたんですね。それは今もそうなんだけど……。他のものでは埋まらないんだけど、少し間違えると傷を深めてもしまう。

 

 

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