花房観音 -Hanabusa Kannon-

情交未遂

あなたの話を聞きたい、あなたのことを知りたい、誰も知らないあなたを、私の言葉で書き残したいーー言葉でまぐわいたいのです

映画監督・平野勝之

監督失格、その後――

2016年3月28日   インタビュー:花房観音   写真:花房観音   場所:渋谷某所にて

 

――話戻るけど、「監督失格」は、私から見たら、由美香さんに平野さんが呼ばれて、撮らせた。あれで、まあ、一応、ラストは平野さんは由美香さんと決別しようとしてる。

 

「まあ、葬式みたいなもんだから」

 

――でも多分、由美香さんは離してくれない。彼女の意思でもなく、彼女が憑りついてるわけでもなく、映画の世界から逃してくれないだろうなって私は思ってる」

 

「映画っていうか、まあお前のやるべき仕事を、じゃないだけど『これ一番得意だったはずじゃないの?』みたいな感じじゃないですかね、ちゃんとやれよって」

 

――「監督失格」は結局何年かかりました?

 

「何年もへったくれも、それは松尾君も言ってたことだと思うけど、別にあれを映画にしようだなんて全く思ってなくて。だってあんなもん、いくらあの映像が残ってるったって」

 

――あれ、タブーですよね。

 

「タブーっていうか、あれを映画にするって考えられないわけですよ。ただ、気がかりな映像が残ってて、もしやるんであれば、十年後、二十年後とかに、由美香の歴史そのものみたいなのを考えてた、ママを含めて」

 

――自転車ものとかはもうやろうと思わないんですが、映画で。

 

「自転車三部作を超えるようなネタがあればやりたいとも思えるけど。依頼があればやるんじゃないですか?自分からはなかなか……。あの三部作を作っちゃった後だと……」

 

――もう別れちゃったけど、Bちゃんとふたりで自転車で北海道行ったときは、彼女との恋愛のごたごたも含めて「続・監督失格」かなと思ってた。

 

「うーん……どうだろう? あれは文章でね、彼女の人生を描いたけど、やっぱりちょっとね」

 

――個人的には平野さんの恋愛沙汰というのは、離れて見てる分にはいろいろあって興味深いです。学ぶこともあるし。自分はいろんなことに囚われているんだなって読んでて気づかされました。何て自分は普通で一般常識にとらわれてるんだろうって。で、実はそういうのほとんどどうでもいいことだというのもわかるんですよね。

 

 

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――前に、平野さんが自転車旅行した時の三冊のノートを見せてもらいました。一冊目は由美香さんと、二冊目は松梨智子さんとの交換日記で……。

一冊目のノートのラストに、これ、私、本当に読んで涙腺決壊したんですけど、平野さんが「これから先、由美香が男のことで泣かないように、この旅が彼女の自信になりますように。由美香が泣かないように」って繰り返し「泣かないように」って書いてあって……。

 それ読んだとき、このフレーズ、何で「監督失格」に使わなかったんですかって聞いたら、「だって書いたこと忘れてたんだもん。俺、由美香が亡くなってからそのノート、見てないから。見られないんだよ」って言ってて。でも。あれ書いてたときって、まだつきあってたから別れること前提じゃないんでしょ。

 

「全然前提じゃない」

 

――ラブラブの時ですよね。

 

「何か、酔っぱらってよく泣いてたからじゃないでしょうかね。いろんな愚痴を聞いてて、多分、見てられなかった。ちょっと詳しくは覚えてないんだけど。そんな経過があったので、そういう風に書いたんじゃないかと思うんだけどね」

 

――別れた女には、やっぱり幸せになって欲しいと思います?

 

「いや、どうでもいいと思います」

 

――正直でよろしい。

 

「いや、どうでも良くはないか。だって現にハニーとか、どうでもいいと思ってないので」

 

――私はとりあえず別れ方によるんですけど、不幸になって欲しい人も何人かいて。あと、幸せになって欲しいけど、私より幸せにならないでねって思ってる。

 

「不幸になって欲しいって……すごい(笑)」

 

――由美香さんなんかは、ずっと同じ世界に生きてて、彼女の恋愛も傍から見てたり相談に乗ったりしてたわけでしょう。でもすごい不思議なんですよ。私は絶対に別れた男とああいう関係にはなれないから。

 

「いや、別れたあとは何かの飲み会で会ったりとかっていう程度で、何かのはずみで由美香から連絡があったりするんですよね。特に2000年代にはいってぐらいから、『こういうとき、男ってどうよ?』って相談されたり。いろいろ聞くと、あまりにもあいつがバカなことやるんで、げらげら笑いながら聞いてるのね。それが多分救いになったんじゃないかな。だから『相手してくれてありがと』ってね」

 

――あの関係は羨ましいような気もするけど……やっぱり自分には無理。羨ましいような、でも、そうはなりたくないような。昔の男と関わると、やっぱいろいろ気持ちが揺れ動きそうで、他人じゃないから。

「監督失格」は、公開した当時、自分の中で昔の男に対する未練が蘇ってきて、それで泣けたんです。私、すぐ別れた男のこと忘れられる人って、ちょっと信じられないんですよ。

 

「次が出てくるでしょ」

 

――次が出てきても、一度本気で結びついていた人は、一生離れられない。記憶が塗り替えられるわけじゃないんだから。だから、別れた男のことすぐ忘れられる人ってすごいなと。

 

「それは花房さんのほうが珍しいと思うけどな。とっとと乗り換える女性のほうが多いと思う」

 

――やっぱり、一度、死ぬほど好きって本気になったら、簡単に忘れるとかできないですよ。別れても愛した男は自分の半身だもん。だから、やっぱりラストの平野さんにすごく自分は共鳴して、たまらなかった。それはね、今でもそうなんです。恋愛関係に関わらず、人との別れを想うときに、あの場面を思い出してしまって、苦しくなる。家族でもそうなんだけど、深い関わりを持った人との別れほどつらいものはない。人と出会うとね、この年になると、その人との死に別れを考えずにはいられなくて、考えればつらくなるから、人と交わらなければいいのにと思うけど、そうもいかない。やっぱり、誰かとつながっていたい。天涯孤独にはなれない。

 

「だから意志ですよ、ひとつは。別に今だって、俺が綺麗にさよならできたかっていうと全く違うんで、逆ぐらいでさ。だからその意志としてああいうふうに持っていかないと、生きていけなくなりますよって話。ただ意志としてお葬式をきっちりやって、儀式をやって、あと自分のこころの奥底もちゃんと洗い出して、それを形にしたのがあのラスト。つまりはあれをやることによって、気持ちも整理がついて、抜け出せるもんではないけど、次に行けるかもしれないってことなんですよ」

 

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