花房観音 -Hanabusa Kannon-

情交未遂

あなたの話を聞きたい、あなたのことを知りたい、誰も知らないあなたを、私の言葉で書き残したいーー言葉でまぐわいたいのです

映画監督・平野勝之

監督失格、その後――

2016年3月28日   インタビュー:花房観音   写真:花房観音   場所:渋谷某所にて

 

――矢野顕子さんの「しあわせのバカタレ」って、あの歌、どういう意味なんでしょう。

 

「いや、言葉通りでしょう」

 

――すごくいろいろ考えたんですけど、あの由美香さんの「しあわせだよ」っていう台詞が重なって。矢野さんが主題歌唄うって聞いたときは驚いたし意外だったけど、あの歌詞のこと、時々考えるんですよ、そしてやっぱりあの歌しかなかったと思う。

 

「あの辺が天才なんだよね、矢野さんは。簡潔で、そうだよなって思いながらも、出てこないんですよ、普通は」

 

――出てこないですよね。

 

『「しあわせじゃなくてもしあわせ」あれは出てこないですよ。でも、言われてみりゃその通りだよなって』

 

――あれは由美香さんのために歌ったんですか。

 

「一応は本人的には俺のイメージで歌ったって言ってた。でも「由美香さんもそうよね」みたいなそんな感じのことは」

 

――バカタレって言うのは平野さんのこと?

 

「あれは俺のことらしい」

 

――失格な上にバカタレって。

 

「よく考えたら、救いようがないじゃん(笑)」

 

――そうですね、でもやっぱり、あの映画って、平野さん、幸せなんだ。

 

「できあがって公開できたわけだからね……普通、できないからね、これは」

 

――うちの夫が、クリエーターの幸せってのは、作品を作ること以外の何ものでもないって。

 

「何ものでもないです」

 

――だからやっぱり「監督失格」ってのは、由美香さんにとっても平野さんにとっても幸せな映画だと思う。

 

「結果的にはそうでしょう」

 

――でも、あの映像が残っていて、あれを映画にせざるを得ない状況は、地獄。キツ過ぎる。

 

「思い出したくないです」

 

――創作者としての幸せは、人としての地獄だなっていうのは思うんですよ。平野さんはね、地獄なんだけど、ある意味神さまに愛されて、愛のムチ撃たれまくってる気がして。私はスピリチュアルなものには否定的だし、特別な信仰もないんですが、小説の神さまや映画の神さまはいるとしか思えないことがある。

 

「自分次第だと思いますよ。神とか、そう思うこともあるんだけど、そう思わないようにしてる。だってそれこそ依存でさ、多分それは結果で言ってるんです。もしかしたらそうかもしれないぐらいの程度で。実行する時は、そんなもの当てにしちゃいない、自分の力しか、ないじゃない。やっぱりね、作ってればわかると思うけど」

 

――そうそう、甘えたら見放される。

 

「信じるなと、一切、そういうことは。あくまで自分の足元しか見ないようにしてる。作ってるときはね。だって足元を見ないとヒマラヤの頂上まで行けないんだから」

 

――最後に、なんか言いたいことがあれば。

 

「作品見てくださいよぐらいしかないですよ。見りゃ、絶対、間違いなく、百パーセント、お金払ってよかったなって思わせる自信はあるので」

 

 

 

 

 このインタビューの数ヶ月後、平野勝之は新作映画に向けて具体的に動き始めた。

 まずは人気女優上原亜衣の引退作として撮影されたものが編集されて、「青春100キロ」というタイトルで劇場版として4月に公開が決まった。平野勝之の劇場公開作としては「監督失格」以来、5年ぶりである。

 それ以外にも、一般作品の企画の話も聞いた。実現するかどうかはわからないし、時間もかかるだろうが、平野勝之が再び映画の世界に戻ってくる予感がしている。

 

 正直言って、私は平野はもう映画を二度と作れないかと一時期思っていた。疲弊や苦悩の様子を知ってもいたからだ。そんな平野に苛立ち、本気で腹が立ったこともあって、一年間疎遠になっていた時期もあった。苦しいのはあなただけじゃない、私だって苦しい、誰だって苦しい。でももがいて書き続けているのにと。

「監督失格」は、平野勝之が林由美香と決別する映画ではなくて、呪縛したのだと考えていた時もあった。由美香の死と共に、映画監督・平野勝之も死んだのではないかと。

「監督失格」と言い放つ由美香の言葉が重く感じてもいた。

 

 そうはなって欲しくないと、願っていた。

 だからこそ、そこから苦悩したまま動けない平野をもどかしく思っていた人たちは私のみならずたくさんいただろう。

 才能というのは残酷だ。

このまま終わらすことが、許されない。

「平野勝之の次回作が見たい」と願うことは、もっと孤独になって苦しめと言っているようなものだとは自覚している。

けれど、それでも、私は平野勝之の作品が見たい。

「監督失格」のまま、終わって欲しくない。

 

 

平野勝之は、正直で、痛々しいほどに優しくて繊細で情が深い。

 この窮屈な世の中を生きていくのは、たいそう苦しいだろうなと思うことも度々ある。

 けれど、結局、カメラを手にして生きていくしかできない。

 女に惚れてフラれて傷ついて、それでも恋をしてしまうように、血反吐を吐いて苦しんでも、平野は映像の世界から離れられないだろう。

 

 そうして、私も、一生、死ぬまで、平野を追う。

 20代半ば、「由美香」を見て、人生が変わった。いつかこんなふうに個人的な想いを作品にして、見知らぬ人たちの心を揺り動かすことができたらと思ったことが、私の小説家としての原点だ。

「由美香」を観た時に感じたのは、創作する者の至福だった。

 いつか消える、形のない、人を想う心をこうして残せるなんて、これ以上の幸福はない、と。

「好きだ」と伝えても、その言葉は一瞬で、記憶はいつか薄れ忘れてしまう。

 けれど作品は永遠だ。

 いつか、「由美香」のような作品を、文章として残せたらとずっと思っているが、まだ、できない。だから私の前には、いつも平野勝之がいる。平野勝之の背を追って、小説を書き続けている。

 

「由美香」は、私の人生の中で、最も大切な映画だ。

 

 

 人との別れが描かれた「監督失格」のラストでは、魂を引き裂かれるような絶唱のあと、画面が暗くなり、矢野顕子の歌が流れる。

 人を好きになり関わり、いつか必ず訪れる別れを思うと、私はいつも胸が締め付けられ苦しい。

 ずっと誰とも関わらずにひとりでいたほうが辛い想いなんてせずに穏やかな日々を過ごせるかもしれない。

 けれど、「監督失格」を観る度に思うのは、別れはあまりにも悲しいけれど、それでも誰かを好きになったり深く結びつくことは、幸せだということだ。

 

 あなたがそばにいれば、しあわせじゃなくても、しあわせ――と、矢野顕子は歌う。

 しあわせせだよ、大好きだよ、本当だよ、と。

 

 

 平野勝之の言う通り、とにかく彼の作品を観て欲しいと切に願う。

 私の人生を変えた映画は、あなたの人生をも変えるかもしれない。

 

 2016年、平野勝之が劇場に戻ってくる。

 

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*最新作「青春100キロ」4/9(土)~4/15(金) 渋谷UPLINKにて劇場公開

4/17(日)の「月刊平野」内でも公開。

 

平野勝之twitter

 

 

平野勝之

1964年、静岡に生まれる。16歳の時にマンガ批評誌「ぱふ」にて「ある事件簿」でデビュー。17歳、「雪飛行」で「SFリュウ」誌の月例新人賞受賞。後、「ヤングマガジン」新人賞、ちばてつや賞佳作入選。18歳の時に自主映画作家に転進する。20歳の時に長編8ミリ映画「狂った触角」で1985年度「ぴあフィルムフェスティバル」入選。翌年「砂山銀座」で翌年は「愛の街角2丁目3番地」で連続入選。特に「愛の街角~」は招待審査員大島渚氏に絶賛された。後、AV監督に転進し、デビュー作「由美香の発情期 レオタード・スキャンダル」を皮切りに問題作を発表し続ける。当時の恋人・林由美香と共に北海道を自転車で旅した「わくわく不倫旅行」(当時、平野は既婚者だったので由美香との関係は不倫になる)が「由美香」と改題され劇場公開され話題になる。後に自転車三部作といわれる「流れ者図鑑」「白 THE WHITE」も劇場で一般公開される。「流れ者図鑑」は映画監督・女優の松梨智子と北海道を自転車で旅し、「白 THE WHITE」は平野単独で厳寒の北海道に自転車を走らせた。由美香との旅がきっかけで平野は自転車にはまり、それからは彼のライフワークとなる。
2005年、由美香が事故で亡くなり、平野はその第一発見者となる。そして2011年に映画「監督失格」が公開された。

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