映画監督・平野勝之
監督失格、その後――
2016年3月28日 インタビュー:花房観音 写真:花房観音 場所:渋谷某所にて
――平野さんからしたら、由美香さんて別れた女じゃないですか。でも、ずっと友人として傍にいて、恋愛相談に乗ってて。そして彼女が亡くなったあと、彼女のお母さんをあれだけ面倒見てたでしょう。松尾さんも言ってたけど、あれはすごいな、と。
「面倒っていうか、あの現場にいてママの姿見てたら、そうなりますよ。それまでママとは繋がりは無かったんだけど、亡くなった現場に居合わせてしまったってのがあるじゃないですか。人として普通のことだと思いますよ。別に面倒見てるわけじゃないし」
――「監督失格」公開前に、由美香さんの命日のお墓参りに私も行かせてもらったことがあったけど、あの頃、ママは身体動かすのもつらいみたいで、でも平野さんがずっとママを気遣ってたのを覚えてます。本当の親子みたいで、顔も似てるし。
「あれはもう、縁でしょうね。あの場に居合わせてしまったから」
――由美香さんが生きてた頃も、彼女とメールのやり取りしたり、恋愛相談受けたりしてるのも不思議だった。昔の女と仲良くしてて、歴代の彼女に嫉妬されたこととかないんですか?
「いや、別にないですよ。会いたくはなかったようだけど」
――「由美香」見た人が、びっくりするのはハニーなんですよね。それは「わくわく不倫講座」もそうだけど、夫の浮気を「しょうがないよね」みたいに自然に受け入れている。でも、別に無理やり理解あるふりをしているんでもない。仕事の延長だという前提もあるんでしょうけど。
「だから浮気という認識の前に『AVの仕事』『おもしろそうな仕事』の背中を押すという感じだったので、実は『浮気』という事はうすいんですよ。だから何でも好きにやっていいけど、とりあえず気をつけるべきところをはしっかりしてね、と。しかし子どもができてしまって、別れる羽目になりましたが」
――潔いですね。ルールを決めて、ルールを破ったから別れるというのは。
「行動決めると早いですね。うじうじはしてない」
――由美香さんとは、別れてからは恋愛感情ではなくて、ただ、いわゆる友情なのか何なのか……何て言うのかなぁ。私自身が昔の男とはああいう感じにはなれないから、感覚としてわからなくて。よく、男女間に友情は存在するか否かみたいな話があるけど、そういうのとも違う結びつきを感じます。
「まあ戦友みたいなもんですね、仲間。松尾君(カンパニー松尾)や山下君(バクシーシ山下)とか、そういうのに近い」
――平野さんが亡くなった由美香さんの第一発見者になってあそこに居合わせたのは……私は偶然だとは考えられなくて、やっぱり呼ばれたんだろうなとしか思えないんです。たまたま平野さんが撮影する日に来られなくってなんて、平野さんが由美香さんに選ばれたと。
「思えないよね。あの残った映像をいろいろ見てて、一番それは感じてるのは自分なんで。でもあんまりそういう風に思うのもどうなんだろうって疑問も若干ありつつ、そうとしか思えない。でもそれを俺が言ったってさぁ」
――本当にそうなんですよ。第三者から見て、偶然では、ありえない。しかもカメラまわってたって。
「それだけじゃないからね。いろんなことがもう、繋がっちゃってる怖さってのはあるね。だからその辺、一番怖いとこね。『監督失格』に関しては」
――この前、平野さんと電話で話したときに、「わくわく不倫講座」の話して、鳥肌立ったんです。平野さんに言われて気づいたけど、あの物語は前半はノンフィクションで、後半はフィクションで未来を描いていて、その未来の虚構が、まんま「監督失格」につながっている。
「そうそう、二十年前に虚構で描いたことがそのまま現実になっているんです」
「わくわく不倫講座」の中には、「監督失格」と重なる場面がいくつもある。「監督失格」の後半で、由美香が平野の家を訪ねてくる場面があるが、あの構図は「わくわく不倫講座」の中で、「未来」の志方が平野の家に訪れる場面そのままだ。その他にも時系列等、この二作品は偶然とは思えぬほどに関連する場面が多い。
何よりも「わくわく不倫講座」で最後に描かれるのは、志方まみというAV女優の死である。実際には志方は亡くなっておらず、完全な創作であるが、本物の志方まみが消えてから展開される後半のフィクションの中で、志方(演じるのは別の人間たち)は病を発症し、別れた男である平野と死出の旅に向かう。
平野は故郷の海で、かつての恋人であるAV女優の死を看取るのだ。
まさかちょうど十年後に、平野がフィクションとして描いた場面が現実になるとは、誰が予想しただろうか。
そして、1995年に作られた「わくわく不倫講座」の中で、志方まみの死が未来として描かれたのは2016年。
つまり、今年だ。
「だから、俺、ちょっとこわいんだよね。今年なんか起こるんじゃないかって」
と、平野は言った。
――あと、ネタばれの部分だから詳しくは言えないけど、「劇場版テレクラキャノンボール2013」を見たときに、これ「由美香」だ! って思った。まるで松尾さんが由美香さんを追っているようにも見えた。松尾さんにはそれ言ったら、意識してなくて結果的にそうなっちゃったって答えが返ってきた。舞台も同じ北海道だしね。
「会議で、山下がそそのかすのも一緒だしね」
――だから、あれも由美香さんが松尾さんをひきこんだように思えたんですよ。そして彼女が「由美香」の中でしたことを松尾さんもして、供養してるふうにも解釈できる。
平野勝之のみならず、カンパニー松尾というAV監督の中でも、林由美香は重要な存在である。松尾は専門学校を卒業し、童貞のままV&Rプランニングに就職しAV業界に足を踏み入れる。そこでスタッフとして働いて知り合ったAV女優と初体験を済ます。監督業も任されるようになった松尾は、当時、人気女優だった林由美香と出会い、彼女の主演作を撮影&編集中に、彼女に恋をしていることに気づく。彼女への恋心を託し、林由美香へのラブレターのような「硬式ぺナス」という作品を発表する。この作品がきっかけで、現在の「カンパニー松尾」の、一人称の私小説的な作風への方向性が出来たのだ。
現実に松尾と由美香も交際していた時期があった。松尾曰く「生まれてはじめて女の人に好きと言えた」相手が林由美香だ。
平野勝之の初めての劇場公開作品「由美香」は、林由美香との不倫旅行がきっかけであり、後に平野がライフワークとする自転車の旅はこの映画からはじまった。
平野勝之、カンパニー松尾――このふたりの作品に林由美香という女優が大きく影響しているのは間違いない。
「ただもちろんそれもあるんだけど、やっぱりテレキャノの優れたとこっていうのは、ああいう九十年代の志を忘れないでいようって映画だからね、結局は。だからそこはもっと大きな目で見たほうがいい。志を捨てずにやるぜっていうのは、あの映画の最大に優れているところで、それは見てて気持ちよかったね」
――松尾さんて、実はすごい反骨精神の人じゃないですか。佇まいが肩ひじ張ってないし、人あたりがいいから、そうは見えないけど、姿勢としては凄い喧嘩腰のところはあるし、強気だもん。
「俺のほうがよっぽど優しくて丸いんだよ」
――いや、私もそう思いますよ。九十年代V&Rのあの爆発的なものを松尾さんは持ち続けていたいし、後輩たちにも続けてもらいたいのかなと最近のHMJMの動きを見てて思う。
「何だろうね。自由な精神というか、まあそれで『BISキャノンボール』何かは当たって砕けたわけですけど」
――私、「BISキャノ」は、平野さんの「流れ者図鑑」だと思った。テレキャノが由美香なら、BISキャノはそうかなと。でも私はBISキャノ、好きなんですよ。賛否両論だったけど、あのAV監督たちが負けてる感じと、女の子たちがたくましいのが好きで。
「俺はBISキャノは、極端な話だけど、『タクシードライバー』だと思うんだよね」。エロ監督対アイドルとか何でもいいんだけど、タクシードライバーのすごいところは、勝つんですよね、ちゃんと。どんな方法を使ってでも。なんか、ちょっと、これ、いいの? っていうような勝ち方。それを俺映画で見たいっていう感じがして、その感じを映画にしようって。たとえば俺の場合だと、俺自身が負けたほうが映画としては勝つんですよ」
――「由美香」は、あれ完全に平野さんが負けてますね。
「そう。俺が敗北したから映画として勝つんであって、『流れ者図鑑』は逆に俺が勝っちゃったから、映画としては負けてるってことだったと思うんだけど。まあ、そうじゃない見方っていうのはあるし、その負けてる感じがいいっていう人ももちろんいるしね」
――私はそう。『流れ者図鑑』好きですよ。あのグダグダで救いのないラストもいい。「監督失格」はどうでしょうか。
「『監督失格』は、自分の中では整理の映画であってさ、個人的には、もうお葬式だから。ただ、あの向こうにはおそらく光があるだろうっていう……その光をまだ今見せてないんで、悔しいんです」
――あれ、「いっちまえ」って絶叫するじゃないですか。あれはどういう字を当てるのかなって。「行っちまえ」なのか「逝っちまえ」なのか。
「漢字で考えたことはないですね」
――あれは由美香さんに向けて叫んでるんですか。
「俺の心の中から消えろってことです。もう、十分見せただろう、由美香よお、お前、これが見たかったんだろう、もうげらげらわらってるんだろ、もういいだろ、もう成仏していいだろうって。そういう意味。俺がまとわりついてるんだけれども、もうやめてくれっていうことですね。だからあの先にトンネルの出口が、まだ見えないんです。こっからでてないんです、感覚として」