――ＡＶ監督以外はやりたいと思ったことないんですか」

「ないです」

――ＡＶ監督で一般映画撮る人も多いですよね。そもそももともと映画監督になりたくて、って人も多いし。松尾さんはそれもないんですか？　その誘いがかかったこととかも。

「ないです。噂はありましたけど、現実にオファーもなかったし。もう５０歳ですから、これからもないでしょう」

――ＡＶを全肯定しないまま、後にも先にもＡＶっ子でいられるのがすごいなとは思うんです。それは私自身が官能とか書きながら、ずっと葛藤しているからなんです。

「そこが俺がたまたま教わったことかもしれません。安達（かおる監督）さんとか、山ちゃん（バクシーシ山下監督）とか。山ちゃんなんかは恥の部分を強調してますよね。そういう山下の考えに同調できるし、ＡＶの会社でありながら。安達さんなんかはＡＶ女優そのものを疑ってかかってました。女優の仮面を剥がして人間を撮るんだってのを、ずっとやってる。周りがそういう環境で、ＡＶを撮るというよりはＡＶを利用して人間を撮るものなんだと。そのために彼らはある種きつい仕掛けを女優さんに対してどんどんしていく。安達さんなら、それがうんこですよね。安達さんいわく『草原を白いドレスを着て走っている女は嘘だけど、うんこをしている女や、ビンタの苦痛に耐えている、怒る女の表情は本当だ』と。そういう環境の中で自分に問いかけたんですけど、あれほどの過激な仕掛けをして女優の姿がどうのとかってのが滑稽に見えたんですよ。平野（勝之）さん、高槻（彰）さんとか、周りがそんなすごくツーマッチで女優の人間がどうのとか言いながら、やってることはどう見てもこっちがキチガイだから、そこはちょっと俺は冷静になって萎えるな、と。あの人たちのようなことはできない」

「俺にとってのリアル、人間て何だろうって考えたとき、極端な話、カレーが食べられてバイクに乗って音楽が聴けてという半径５ｍ以内の世界だった。あの頃も、今も、社会というのは個人的なものだった。自分がリアリティを感じるのは女を暴いた先ではなく、そのままあるもの。だからそのままあるもので無理せずにやりたい。セックスの表現も、実際に会ってお話するところからはじまって飯を食うところ、セックス、別れる、本当にそれは日常の景色。撮影だからといって綺麗なところに行くわけでもなく、よーいスタートって大声を出すわけでもなく、静かにはじめて静かに別れるのが俺にとってのリアル。周りに過激な人たちがたくさんいたんで自分なりにその手法が自然に出ました」

――セックスのやり方は、松尾さんはプライベートとＡＶと一緒ですか？

「一緒ですね。ただあんなに喋ったりはしないけど」

――男優さんて、仕事のときは指示に従ってセックスしないといけないから、プライベートと違うって人とかいますよね。あれだけ仕事でセックスしてるけれど、自由にできるわけじゃないからプライベートでもしたいんだって。

「僕は私生活の延長です。ただ若い頃は私生活がなかった。山ちゃんに馬鹿にされたことあるけど、撮影のホワイトボードの予定が松っちゃんのセックスの予定だって。まさにその通りで返す言葉がなかった」

――私が最初に松尾さんに会ったときに、私が自分の恋愛経験の少なさの話をすると、『俺なんか３人しかいないよ、恋愛経験』とおっしゃってましたね。

「そうです。３人目におつきあいした相手と結婚しました」

――林由美香さんは？

「由美香は片思いだったから。好きになったのは由美香いれて４人、奥さん以外でつきあったのは２人です」

――ＡＶの中で疑似恋愛ぽいことはありますよね。

「それはあるけど、基本的に御法度ですしね。女優さんとプライベートでどうのこうのは由美香以外にはひとりぐらいです。現場の中でそういう感情を持ち込んで撮っていることはあるし、それをひきずることはあるけど、深いつきあいはない。たとえばＴバックヒッチハイカーの子と最後盛り上がって、好き好きって言われてそのあとも関係したことはあります。ただ僕は若くてひどい男なので、会う度にセックスしてたら嫌いって言われたとか、そんな話はあります」

――パラダイスオブトーキョーも、恋愛感情を漂わせる話で、感情移入した女性も多いと思うし、泣けるって当時評判がありました。特に、彼女が「好きになっちゃう」と泣いて帰ろうとして、それを見送る松尾さんが自分には家庭があって、「独りならハナサナイ」どうのというあたりとか。

「あの感情は嘘ではないんですけど、帰ったらやっぱり冷静になります。ただああいうふうに編集するのは意図をこめてしています、感情を上乗せしてる。それはドキュメンタリーって卑怯だな、これドキュメンタリーじゃなくて演出じゃないかって思う部分でもある。あの作品て、たまたま荒編を松江（映画監督・松江哲明）がチェックしてたんですよ。その段階ではああいう感情を抜いた、僕が彼女をいじめる内容だった。それを松江が、これじゃあただの調教ビデオですよっていうから、じゃあたまには昔とった杵柄で好きとか嫌いとかやっちゃおうかなと思って、そういうエッセンスを意図的に大量にくわえた。一瞬一瞬は嘘ではないけど卑怯な編集をしていますね」

――松尾さんは結婚されてますし、不倫がどうのとか言い出したら、仕事のセックスも全部不倫ですよね。不倫てもともと卑怯なものではあると思うんですが。

「卑怯というか歯がゆい感じはしましたね。フリーだったら全部受け止めたいという気持ちは嘘じゃないです。でも実際、全部受け止めたら大変ですよね」

――その辺の葛藤も描いて、受け止めたいけど奥さんがいるからできないという現実まで描くのは誠実さなのかなぁ。

「誠実……うん、どっちなんでしょうね。わからない」

――不倫そのものが誠実じゃない、いけないと言えばそうかもしれないけれど、結婚て制度だから、人間の欲望が制度なんかに収まるわけないと私は思っていて……。小説家だからというのもあるでしょうけれど、どうしてもそういう制度とか倫理とかからはみ出さざるを得ないほどの欠損や欲望を持つ人間に興味が沸いてしまうから、既婚者が他の人に惹かれるのを否定できません。それは欲望そのものの否定になるから。でも、やっぱり人を傷つけたり自分も傷ついたり非難されたり失うものは大きい。だからそんな中で、どうやってみんな折り合ってるんだろうというのに興味があるので、つい松尾さんの作品も葛藤する部分に注目してしまいます。

「奥さんがいるのは事実だし……誰にもちゃんと同じように好きっていう男は確かにいますね。それは俺にはできない。奥さんがあくまで俺の軸で、第一優先権はそこにある」

――世の中には奥さんがいるのを内緒にしたり、仲が良くないふりをして他の女を恋人にする男もたくさんいるし、奥さんと別れる気がないくせに別れをちらつかせて女の心を引き留める男もいる。それに比べたら松尾さんは誠実だなと思うけれど、同時に女からしたら残酷だなという気もします。パラダイスオブトーキョーは、惹かれてしまうけれどこれ以上、踏み込んではいけないのもわかっている、でも好きになってしまう……そんな葛藤に覚えのある女性が観たら、苦しくなる人は多いと思う。

奥さんがいる人を好きにはならないって断言する女の人も多いし、そっちが正しいんだろうけど、そんなに人の心は理屈や理性でコントロールできないから。そう、松尾さんの作品は、ちゃんと葛藤がある。男の葛藤も、女の葛藤も。私が最初に観た「熟れたボイン」が、まさにそうでした。好きだけど、踏み出せず自分の中でぐるぐる葛藤してしまう。あの頃の松尾さんて、本当に青臭いですね。

「青臭いですね。観たくないです、拷問に近い。手足を縛られ無理やり観ろと言われない限り観ないでしょうね。恥ずかしいし、しんどいです。あの頃はなんなんだったんでしょう、病気だったんじゃないかな、今でもそういうところはあるけど、中二病ってやつですね」

――今ではあの青臭さはないですよね。年齢と共に、ご自身の感情に対しても女性に対しても客観的になっているというか。

「今はそうはならないですね。女優さんたちとの年齢差も開いてますしね」