花房観音 -Hanabusa Kannon-

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女の死

1997年3月8日の夜、渋谷円山町で客をひいていた女は、アパートの空き部屋に男と入り、その深夜、9日未明ごろ殺された。東京電力で女性初の総合職として入社したエリート女性が売春をしていたという事実は世間に衝撃を与えた。いわゆる「東電OL事件」であり、犯人は不明だ。

女性は39歳だった。

 

一昨日、ちょうど事件の20年後の、2017年3月8日の夜、私は渋谷の駅から円山町のラブホテル街を通り、女が立って客をひいていたと言われるお地蔵様の前を通り、そのアパートへ向かった。ここに来るのは初めてではない。

事件当初、私はまだ若く20代半ばで、身体も心も初体験の相手である一人の男しか知らなかったし、その男しか必要としていなかった。正直、東電OL事件は、ピンと来なかった。ただ世間が大騒ぎしていたのと、被害者に共感した女性たちが、お地蔵様や現場に参っているという話は印象的だった。

あの頃は、セックスで金銭を得るだとか、複数の男と「愛」のないセックスをするとか、セックスに愛や恋以外の意味があるなんて、自分とは縁のない話だと思っていた。

だから、東電OL事件は、遠い無関係な世界のはずだった。

 

事件が自分に迫ってきたのは、桐野夏生さんの「グロテスク」を読んでからだ。週刊文春連載時から抗えないほど自分の中に入ってきた。単行本になり、何度も読んで、泣いた。ラストは爽快だった。女たちが「彼の岸」に渡ることにより、解放されたのだと思った。憎悪と怒りの物語は救済の世界に辿りついた。

会ったことはなくメールのやり取りだけをしていたある女性に、その本をすすめると、「読み終わってどうしようもなく重苦しい気分になった」と言っていたが、私は全くそう思わなかった。そういえば、その女性は、後に女性の自意識を書いたエッセイで世に出たが、昨年、東電OLが亡くなったのと同じような年齢で、若くして彼の岸にいってしまった。

 

40代半ばの今の自分から考えると、39歳という年齢はあまりにも若い。どうしてそんな「若く」優秀な女性が、他人には理解しがたい奇行に走り、そのまま死んでしまったのだろう。事件以降、人々は様々な解釈をしたが、結局のところ、そう難しい話ではないと私は考えている。自分の価値をお金に換算して、女であることを確かめる。セックスするよりも、仕事で成功するよりも、恋人と睦みあうことよりも、それが「快楽」である女は確かに存在している。

そして、そのことが不幸だとも思わない。

不幸と決めつけて優越感に浸ったり、同情して陶酔する連中が存在するだけだ。

 

事件から20年後のあのアパートは、時間が止まったかのような佇まいでまだそこに在った。部屋には、誰も住んでいる様子はなく、厳重に鍵がかけられていた。

アパートの近くに電車が通るトンネルがある。いつもこのトンネルを見る度に、その闇の奥はブラックホールのようだと思う。出口のない虚無の穴のようだと。

 

道玄坂の、女が付近に立っていたと言われるお地蔵様の唇は、いつも紅を差したかのように鮮やかで、それを見て私は赤い口紅を買おうと思った。

 

ひとりであの場所に行くと、普段忘れている記憶が蘇る。

私自身の心の奥底から、「娼婦」の血が湧く。

「女」の赤い血が。

解放され、歓びに絶叫していた記憶が血と共に身体の隅々までいきわたり、私に力を与えてくれる。

 

 

あの事件から、20年が経ち、女たちは自由になったのだろうか。

私は全く、そうは思えない。

「女」であることで自分を雁字搦めにして苦しんでいる女は、たくさんいる。

私は女たちがもがき苦しんでいる様と、必死にあがいて解放される様を、物語にしたい。

 

2017年3月10日
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