妬湯(うわなり湯)
有馬温泉街を散策して、ふと目に留まった。
「妬湯(うわなりの湯)」だ。
名前の由来は「嫉妬」だ。
昔、ある人妻が、夫の愛人を殺して、自分も深い温泉に身を沈めた。その愛人が美しかったのだろうか……その後、美しい女性がここに立つと、湯が100度以上に沸騰したという。また、自分の憎い心や悪口を言って罵ればたちまち沸くとも言われている。
私はこのところ、何があったわけではないけれど、自分の根深い嫉妬心についてずっと考えていた。強く、激しく、他人を恨み、自分を苛み続けている嫉妬心。いつまでたっても、逃れられない。ずっと昔の、過去の嫉妬の感触が、未だに残って離れない。嫉妬は、背後霊のように、私に憑りついている。ひとりの人を、ではない。たくさんの人を、私は妬んでいる。どんなに幸せな気分になっても、ふと嫉妬の感情が蘇り、心を地の底に落とされることが、よくある。
世の中を、人を呪い続けていた記憶は、まだ消えず、くすぶっている。
私は自分を嫉妬深いと思う。それは、私の小説を読んでくれている人なら、きっとわかってくれるだろう。私は官能を書いてもホラーを書いても嫉妬を書く。嫉妬が現れてしまう。だからこそ、他人の嫉妬にも敏感だ。誰かが誰かを嫉妬している様子を、いつも冷めた目で眺めている。嫉妬しないと言いつつ、嫉妬して、それを取り繕っている様子を、意地の悪い目で見ている。そして、それを書いている。
けれどやっぱり嫉妬は苦しい。これから先も、こんな嫉妬の心に囚われ続け、地の底に落とされなければいけないのか――そんなことを考えていたときに、「妬湯」に遭遇したのは、果たして偶然なのだろうか?。
赤い鳥居の向こうに、手を合わせた。
何かを願うわけでもなく、ただ手を合わせた。
私を苦しめる、人を妬む心を、無くしてください――なんて、願えるわけがない。
死ぬまで、この感情からは逃れられないことは、わかっている。
私にできるのは、せいぜい、嫉妬に塗れた自分の醜い姿を書くぐらいだ。